二日目の「琴勇輝関」との取り組みで「流れの中の押し出し」が、とんでもない「悲劇」が「友風関」に起きてしまった。
押し出されて、土俵に落ちた時に「ゴン」と言う鈍い音の後、「友風関」は土俵下の「行司さん」の膝をまたぐように両手と両足の膝をついてそのまま、動けない状態。
その後、中々土俵下から上がって来ない「友風関」を観に行く「琴勇輝関」。
「若者頭」達が、集まって何とか動かそうとしても動く事が出来ない。
そして「車いす」が花道に用意されていたが、そこまでもたどり着くことができずに「砂被り」を通って、倒れている場所まで「車いす」が運ばれ、ようやく「車いす」に乘り運ばれていたが・・・。膝がずれているような形で、既に腫れていました。
昨日の「尾車親方」の説明では、「膝の脱臼・じん帯損傷」で全治は未定。今後検査を受けた上、治療方法をこれから決める。恐らく一年は無理、焦らず出直し。と言うような事であった。
「友風関」と言えば、幕下の時に「元嘉風関」の「付け人」として「元嘉風関」の事をとても親っており、自分が十両になっても当時の「嘉風関」の「付け人」をして、先々場所までは「負け越し」すらしていなかった。
元「嘉風関」が、休場している時も必ず電話を毎日の様にして、「アドバイス等」をもらっており、先場所は二場所続けて「横綱鶴竜」から金星を取り、あの時流していた「涙」がとても印象的だった。
「膝」ともなれば・・・、体の大きな「友風関」にとっては、「致命傷」では有るが、焦らずに治療をして、まだまだ若いのだから、「宇良」の様に、頑張ってもらいたい。
今はただ一日でも早く、東京に戻り(でも九州から東京は遠いな~、飛行機は恐らく痛めた膝にかなりの負担もかかるだろうし。)治療に専念してもらいたい、そして元気な姿をいつの日か再び見せて欲しい。そう願い、祈るばかりです。
↑ 先場所「横綱鶴竜」を破った後のインタビュールーム。
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